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2012.09.24 Mon 16:29

本当の意味の自立

こんにちは!
結婚してから、ずっと仲良し夫婦のyomeブログです。


一年半のブログ放置は、震災とは関係なく、自分との戦いでした。


どうしても、親を認められなくて、早く死んでくれたらいいのにと思ってしまう自分も許せなくて。

でも、ようやく「あんな人もいるんだ」と思えるようになってきました。


子供の(というか他人の)人格を尊重するということを父親は、80近くにもなって学んでいないようです。

自分の思い通りにならなければ怒る。

自分の考えた方向と違うことを言われても理解ができない。

どうも、自分を慕ってくれる「娘」が欲しかったようです。過去形ですけど。

お父さん、お父さんと言われ、孫からおじいちゃん、おじいちゃんと言われる老後を夢見ていた様ですが、そうはいきませんでした。

「自分の娘」ではなく「私」自身を見て欲しく、長く戦ってきたけども、絶対に目に入らないことをようやく私は認めることが出来たのかもしれない。

「私」は、こんなに独創的で、表現者であって、熱い魂なんだけども、彼がほしかった「自分の娘」は、大人しくハイハイと自分の言うことを聞き、嫁に行っても親を頼り、孫を連れては帰ってきて、老後は下の世話までしてくれる・・・そんな娘には、私も妹もなれませんでした。

妹とは、小さい頃から仲が悪くて今でも実家で親子三人で暮らしているけども、どうしているのか知りません。

妹は、小さい時から親の言うことを聞いた覚えが無く、好き放題、親もすぐに泣かれるから怒ることもできず、甘やかした挙句、自立することなく親元でいい歳を迎えようとしています。

あるとき、そんな父親が、妹が何か話してくれたと嬉しそうに話しているのを聞いて、バカバカしくもなりました。
私はずっとそうしてきてるよね、戦ってきたけど、それは耳に入らなかったのかと。

親がいなくなった後、妹がどうするのか知りませんが、いい大人なので自分で生きていくでしょう。


人は、誰かに認められたくて生きている事が多いと思います。

私は、ずっとそんな親でも認めて欲しくて、戦ってきましたが、自分の理想像ではない「娘」の言葉に耳を貸すことはありませんでした。

というか、そこに「私」はいないというか必要ないんですよね。

私は、私で、自分の人生をちゃんと生きてくるべきでした。

年をとったら親の面倒をみないといけないから「親に生かされてる」と思って自殺も出来ませんでした。

自殺したら、親が人生計画した自分の老後を誰がみるのかなと思うとね。

でも、私はもっとこんな感情を持っているのよ!と分かってほしくて、何度も体当たりしては、話し合いにもならず・・・。
分かった分かったと何の話も聞かずに逃げるとか、怒り出すとか。

救いだったのは、母親がそれを分かってくれていたことですが、早くに別れてくれていたら・・・

あんたらのために我慢してきたのよ・・・と言われても迷惑です、結果的に。

私も、母親を守ってあげないとと思い、愚痴を聞いてあげてた頃もありますが、
母親もそんな父親に感化されてか、今では人の話も聞けない頑固者になってしまいましたね。

世間体ばかり気にして、普通はこうだ、と自分の価値観を押し通そうとする両親。


一方、夫は、自分の行動について、他人の評価を求めない人です。

自分が納得出来るか出来ないか、で行動出来る人です。

世間がどうであるか全く関係がなくて、自分がどうかが判断の基準です。

そして、他人の価値観も否定しない人です。

あなたはそうなんだね、と言える人です。

そんな頑固な私の両親に、無茶苦茶な要望をされても、問題のないところは受け止めて、自分がしたくないことには、例えば「僕は子供は欲しいと思っていません」と言ってくれる人。

父親は、普通は子供が欲しいはずだという前提で、私が子供はいらないとワガママを言っていると決めつけて、夫に謝りまくっていたときに夫が言ってくれた一言です。

私に、なぜ子供が欲しくないのか聞きません。

勝手に理由を想像して納得しています。

私はあなたに孫を抱かせたくないから産みたくないと言える機会はなかった。

これ以上、あなたに人生のおもちゃを与えるつもりはない、と。


自分の人生を後半になってようやく生きることにしました。

前半に、こうして親もただの一人の人間で、私は私の人生をと思えていたら、子供を育てる時間があってもよかったのかもしれません。

妹にしろ、父親にしろ、あんな価値観の人も世の中にはいるんだと、もっと早くに納得できていたら。




そう思えるまで、10年以上かかったけども、本当に夫と出会えてよかった。

私は、親の評価より、むしろ世間の評価、そして自分自身の評価に従って生きていくべきだと気づくことが出来ました。

私は、何が好きで、どんな人生を送りたいのか、

あらためて、自分に問いかけて、自分がどうしたいのか考えた時に、夫の笑顔を見ていたいことに気づきました。

彼が仕事をしやすく、安らげる場所でありたいと。

夫は嬉しそうに、そうしてそうして〜と抱きしめてくれます。

いつも、笑顔で私を見てくれる夫に、心から感謝すると共に、
両親のことも、身内ということで出来る範囲の事はして、
自分が自分でいられない事までは関わらずにいけたらと思います。

まだ、お金を借りていたりね、経済的に自立できていないので、
そこが先なんだけども・・・。

元々お金で人を動かそうとする祖父母の家系だから、
父親も同じくお金でつなぎとめておけると思っているようなので、
金の切れ目が縁の切れ目とできるように、しっかり稼いで、お金で解決できれば一番いいのだけども。

そんな父親の価値観にも「へ〜そうなんや、こんな娘で残念やったね」と言える日がくるかな、こないかな。


ともかくは、大切な夫と、これからもたくさんの話をして、たくさんの笑顔とともに、

ライフワークをちゃんと見つけて、自主性をもった自立、したいと思います。
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2011.03.22 Tue 01:13

東日本大震災において

3月11日に発生しました東北関東大震災において、
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますと共に、
被災された皆様、ご家族の方々へに心からのお見舞いを申し上げます。

私は西日本に住んでいるので、被害はありませんでしたが、住んでいる所はかなりの揺れを感じました。
そして、それが遠く東北が震源であることに大変驚きました。

現在の日本の建築技術では、今回の様な大きな地震でも、建物への被害は少なかっただろうと思われます。
神戸の震災の被害の多くが建物の倒壊や家具などによる圧死。
日本はその後建築基準もきびしくなり、インフラも阪神大震災レベルの地震には堪えうる様に改築がされたはず。
にもかかわらず、今回、被害が拡大したのは、津波。

新聞に載っている被災マップは500kmに及ぶ広域なものです。
地図の最下部には東京。そして最上部は、岩手盛岡あたりまで及びます。
逆に東京から西へ500kmとは、徳島に届きます。
神戸明石も超えて、赤穂に届きます。
そんな広範囲に被害が及んだ地震と津波。

復興にはただならぬ時間と労力がかかるでしょう。
被災地からは遠く離れた所に住む私には、現在、直接被災地の方に出来る事は、義援金以外に思いつきません。
そして祈る事。

これから先、その祈りと応援の気持ちが、形にしていける様にしたいと思います。
少しでも多くの人の心が、前を向く事が出来ます様に。

2011.03.01 Tue 01:50

夫婦間の家事負担 我が家の場合

こんにちは!
結婚してから、ずっと仲良し夫婦のyomeブログです。


私達夫婦は、自宅でパソコンに向かってそれぞれ仕事してます。
お互いの得意分野が違うので、手伝う事もあるし、それぞれ違う事をしていることもあるし。
ま、会社なんてこんな感じかなぁ。
横にいてるけど全然話をしないときもあるし、休憩しながら夫の横顔眺めてる時もあるし~

夫が自宅で仕事をするようになって、5年ぐらいたちますが、今では家事は出来る方がするということにしています。
最初の頃は、夫もまだ仕事が順調にいっていなくて、主夫するよ~なんて言っていた頃もありますが、それは困りますので(汗)いろいろ働いてもらってますが、その頃からいろんな家事をしてくれるようになりました。

私は一人暮らし暦が10年以上と長いですが、夫は数年、しかも週末洗濯物を実家へ持って帰る生活しかしていないので、家事らしい家事は何も出来ませんでしたが、変わるものですね。
というか、毎日私が仕事の合間にえっこらさと掃除や洗濯をするのにいちいち手伝ってもらって少しづつお願いしてきたからだと思ってます。
いきなり、どこがどのように汚れていくかも分からないのに掃除もできませんものね。

24時間自宅に居る様になって、生活のメンテナンスという家事の必要性も分かってくれた様に思います。

プロフィール

yome A

Author:yome A
こんにちは!
アラフォー夫婦のよめブログです。
結婚して仕事も生活も、大好きな夫と24時間ずっと一緒。
毎日お互いに感謝を忘れずに楽しく暮らしています。
そんな幸せたっぷりの結婚生活を綴ってみたいと思います。

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